東京地方裁判所 昭和33年(ワ)6702号 判決 1959年4月27日
日本相互銀行
事実
原告国(所管庁目黒税務署長)は請求の原因として、原告は訴外協立電波精器株式会社に対し、昭和三十二年二月十四日現在において一千五十三万二千二百七十六円の租税債権を有していたが、一方右訴外会社は昭和三十二年二月十四日当時被告株式会社日本相互銀行に対して二百九十六万一千百十九円の預金払戻債権を有していたので、原告の収税官吏である目黒税務署長は前記滞納税金を徴収するため、昭和三十二年二月十四日前記訴外会社が被告銀行に対して有する前期預金並びにその利息の各払戻債権を差押え、同日その旨を被告銀行に通知すると共に昭和三十二年二月二十三日までに支払うようその支払方を求めた。かくして原告は、右差押にかかる訴外協立電波精器株式会社の原告に対する前記債権につき右訴外会社に代位することとなつたのであるが、被告銀行はその支払をしないので、原告は被告銀行に対し、前記預金払戻債権合計二百九十六万一千百十九円及びこれに対する各約定利息及び完済までの遅延損害金の支払を求めると主張した。
被告株式会社日本相互銀行は抗弁として、訴外協立電波精器株式会社の被告銀行に対する本件各預金は、被担保債務不履行の場合には満期前と雖も被告銀行において直ちに対当額で相殺又は弁済に充当できる約束であり、又弁済の充当方法も被告銀行の任意にできる約束であつたが、右訴外会社は昭和三十二年二月十四日(原告の機関により本件差押のなされた)当時、被告銀行に対して負担していた手形貸付による合計金五百六十八万円の債務を期日に完済しなかつたので、被告銀行は同年四月十六日右訴外会社に対し内容証明郵便を以て右貸金債権と本件預金債務等とを相殺する旨通知し、さらにこの旨を原告の機関である目黒税務署長に対しても同年同月十七日到達の内容証明郵便によつて通知した。ところで、右相殺は原告の差押後であつても、差押前に訴外協立電波精器株式会社(納税人)に対して反対債権を有していた被告(第三債務者)はこれを以て相殺できるし、又原告(差押債権者)に対しても被差押債権(預金)の消滅を主張することができるというべきである。又、滞納処分による債権差押と雖も被差押債権の性質を変更又はより強化するものではなく、ただ該債権の取立権が国へ移るだけである。これを被差押債権の第三債務者側から見れば、差押前に取得した納税人に対する同種の反対債権を有した場合には、相殺をなし得る権利に何らの消長を来さないから、差押後であつても相殺できるものと考える。従つて原告の主張する本件預金は全部消滅しているから、被告銀行に返還義務はないと主張した。
理由
原告が訴外協立電波精器株式会社に対して合計一千五十三万二千二百七十六円の滞納租税債権を有し、その滞納処分として、昭和三十二年二月十四日右訴外会社が被告銀行に対して有する左記預金債権を差押え、即日その旨を被告銀行に通知するとともに、同月二十三日までにその支払をするように請求したことは当事者間に争がない。
(1)第四〇回割増金附宝来定期預金 三十万円
(2)通知預金 四十八万円
(3)通知預金 三万円
(4)当座預金 三千二百八十九円
(5)別段預金 二百十四万七千八百三十円
(5)の別段預金が原告主張のように名実ともに預金かどうかについては当事者に争があるが、この点はしばらく措き、右訴外会社が被告銀行から、(い)、昭和三十一年十月十五日に額面三百万円、満期昭和三十二年一月十二日の約束手形による手形貸付を受け、(ろ)、昭和三十一年十一月三十日に額面九十八万円、満期昭和三十二年二月二十八日の約束手形による手形貸付を受け、(は)、昭和三十一年十二月二十八日に額面七十万円、満期昭和三十二年四月三十日の約束手形による手形貸付を受け、(に)、昭和三十二年一月二十八日に額面百万円、満期同年五月一日の約束手形による手形貸付を受けたこと、なお、(ほ)、昭和三十二年一月十二日に(い)の手形が額面三百万円、満期同年四月十一日とする約束手形に書き替えられたことは当事者間に争がない。従つて、被告銀行は右訴外会社に対して昭和三十二年二月二十八日当時には既に弁済期の到来した(ろ)の手形貸付金九十八万円、同年四月十一日当時には同じく弁済期の到来した(ほ)の手形貸付金三百万円の債権を有していたことになる。
そして、被告銀行が昭和三十二年四月十七日右訴外会社に対して右の手形貸付金債権二口合計三百九十八万円と前記預金債権合計二百九十七万一千六十四円(利息及び割増金を含む)とを対当額において相殺し、その旨を目黒税務署長に通知したことはこれも当事者間に争がないのであるから、(5)の別段預金が原告の主張するように右訴外会社の被告銀行に対する預金債権であるとしても、右預金は(1)ないし(4)の預金債権と共に右の相殺により消滅したものといわなければならない。何故ならば、国が国税徴収のため納税人の第三債務者に対する債権を差押えた場合においても、国は差押による被差押債権の取立権を取得し、納税人に代つて債権者の立場に立つてその債権を行使し得るだけのことであつて、国税徴収法第二条及び第三条を根拠として、第三債務者が納税人に対して有する相殺権の行使を制限することはできないと解するのが相当だからである。
従つて、(1)ないし(5)の預金が現存することを前提としてその支払を求める原告の請求は理由がないとしてこれを棄却した。